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借りぐらしのアリエッティ

ジブリの最新作、「借りぐらしのアリエッティ」観て来ました。あまりによかったので、2回も観てしまいました。

ジブリの原画出身の米林監督の初作品ということで、期待と不安がありましたが、「ジブリの伝統」を正しく受け継いでいながらも、新しい演出がなされていました。

音楽が、いつもの久石さんではなく、セシル・コルベルという、フランスの女性音楽家を起用し、ケルト音楽のような物悲しい曲調が、独特の世界観を作り出しています。

以下ネタバレあり。

「小人が見た世界」その徹底した細部へのこだわりが素晴らしかったです。冒頭にアリエッティ親子がお茶を飲むシーンがあるのですが、食器や家具は、小人の体に合わせて描かれているので、一見普通の人間のお茶のシーンに見えるのですが、そのポットがら注がれるお茶が、大きな水滴として「ボトリ」とこぼれるのです。表面張力が作る水滴の粒の大きさは、小人にとってはソフトボールのような大きさになるのです。この描写一つだけで、もうやられました。「神は細部に宿る」の言葉を再認識しました。

他にも、小人からは人間が少し動く時の衣擦れの音すら、大きく響くことや、声が低く響くことなど、音の演出も素晴らしかったです。

小人たちは、自分たちが必要なものを、必要な分だけ人間から「借りる」ことで生きています。その「借りぐらし」を宮崎監督は「大量生産、大量消費の行き詰った現代に、借りぐらしという生き方は合うのではないか」ということを言っていますが、なるほど、その通りだなと思います。

小人と人間は、知的水準において、大差はありません。つまり、対話や交渉が可能な存在です。にもかかわらず、小人たちは決して「自分たちの生きる権利」とかを声高に訴えたりしません。それは自分たちが人間に寄生しているということと、最後のところでは相容れない存在だということを自覚しているからでしょう。だから、見つかったら直ちに引っ越す。人間をまるで地震や台風のような自然の驚異と同列に捕らえています。

何もかもを奪い、自分のものにしないと気がすまない人間と違い、あくまで「借りる」という姿勢で生きている小人たち。その生活は質素でつつましいけれど、際限の無い欲望に振り回されることも、何かに後ろめたさを感じることも無い。人間も少しは「借りて」生きているのだと思えばいい。自分のものと思わず、借りてるのだと思えば、火も水も空気も土も、もっと粗末にしないで大事にするでしょう。それに、「自分のもの」という執着を捨てることが出来れば、もっと心穏やかに生きられると思います。「自分の体すら借り物、死んで返すもの」というのは仏教の考え方ですが、それに近いものを感じました。

宮崎作品のような、派手な映像スペクタクルはほとんどない、静かな、狭い空間の中での物語りですが、この作品を観た人は、自分と自分の周囲の世界を観る目が必ず変わると思います。自分以外の者から、自分がどう見えているのかを考えるきっかけになると思います。

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