« 2013年3月 | トップページ | 2013年6月 »

2013年5月

スポ×ちゃん!の直筆ネームを販売します。

ネームというのは、漫画の「下書きの下書き」のようなもので絵コンテとも呼ばれます。コマ割りに簡単な絵とセリフが入った、このネームは漫画の設計図となる重要なものです。短時間で描くため、場合によっては原稿より迫力のある絵になっていることもあります。また、下書きの段階で変更されている場合もあります。

130524_201301

このネームを今回、試験的に販売します。

・作品名「スポ×ちゃん!」全47話(全て直筆の本物)

・価格 1話1000円 

・全てに直筆サインを入れさせて頂きます。

・販売期間 2013年6月10日まで。ただし数量限定のため売切れ次第終了。

・オマケにラフスケッチを数枚お付けします。

130524_201401

こちらのフォームからご注文下さい。http://ws.formzu.net/fgen/S21552075/

携帯の方はこちらから

http://ws.formzu.net/mfgen/S21552075/

ご希望の話数を3つまでお知らせ下さい。ただ、先着順のため、ご希望に添えられない場合があります。ご理解下さい。

【5月25日9時追記】おかげさまで完売しました。一旦締め切りとさせていただきます。キャンセルが出た場合のみ再度告知させていただきます。

| | コメント (1)

げんしけん 二代目

「げんしけん」の続編「二代目」を読んで感じるのは、自分は笹原と一緒にげんしけんを卒業してしまったのだなぁということです。

決して面白くなくなったわけではなく、今も楽しませて頂いているのですが、どこか「後輩を見守る」視点で読んでいる自分に気付きます。

これは、二代目の新入部員が女子が中心だからというのもあるかもしれません。初代のように男子だけで同人誌を買いに行ったり、男子だけでオタ話をしたりというのがほぼ無い。でも、その分他の人には二代目のほうが感情移入できるのかもしれません。

そしてここに来て二代目のアニメ化!期待しています。

| | コメント (0)

翠星のガルガンティア

虚淵さんの脚本のロボットアニメくらいの前知識しか知らずに見始めたのですが、物凄く面白くて引き込まれました。今期は「進撃の巨人」が最も評価が高いと思うのですが、「ガルガンティア」はオリジナル作品なので純粋に続きが気になります。

冒頭は激しい宇宙戦争から始まります。巨大宇宙生物と種の存亡を掛けた戦いを繰り広げる人類同盟。そのロボット兵器「チェインバー」のパイロットが主人公のレド。劣勢の人類同盟は撤退を始めるのですが、その際のワープ事故でレドの乗ったチェインバーは全く見知らぬ場所へ飛ばされます。そして目が覚めると、見覚えの無い格納庫の中。沢山の人がチェインバーを何とか分解しようと試みている。レドの目にはそれはあまりにも原始的な手段でチェインバーには傷一つ付かない。レドは状況を把握しようと、人質をとって格納庫からの脱出を試みるのですが、外に出て知るのです。ここが地球と呼ばれる人類発祥の地であることを。地球は太陽の異常で一度氷の星になり、人類は宇宙に安住の地を求めて旅立った。それがレドの知る地球に関する知識だったのですが、実際は海だけの星になり、人々は船団を組織して海上生活を続けていた。その船団「ガルガンティア」の船の中の格納庫で目覚めたのです。

科学技術も言語も価値観も大きく異なるレドとガルガンティア住人は衝突しながらも互いの利害から歩み寄り、次第に心を通わせます。この異文化との接触と衝突というのは古いサンライズ作品が繰り返し描いてきたテーマで、また細かいSFガジェットにもサンライズ作品の影響が感じられます。その一方でガルガンティアの中の生活感の描写の徹底にはジブリや日本アニメーションの影響を感じます。監督の経歴を調べたら、やはりジブリとサンライズでの経験がありました。

チェインバーにはパイロットの戦闘補佐として人工知能が搭載されていて、レドとガルガンティア住民との通訳をするのですが、なにしろ機械なので表現があまりにも直接的で、レドに友愛の印として差し出されたアジの干物を「水生生物の死骸である」と説明したりするのが時に可笑しく、時にドキッとさせられます。(レドは合成された栄養食しか食べたことが無いので、生き物を直接食べると言うことに抵抗を感じるのですが、敵意の無いことを証明するために我慢して食べます)

脚本の巧みさに舌を巻きます。レドが状況を把握していく過程が、そのまま視聴者が作品世界やキャラクターを把握する過程になっているので設定が押し付けがましくなく頭に入ってきます。語るべき情報の取捨選択と語る順番が実に計算されていて、少ない描写で多くのことを語っていて、1話1話の密度はかなり高いのですが決して窮屈ではありません。ただ、これは昔の演出家や脚本家は当たり前にやっていたことです。ビデオも公式サイトも無い、ただ一度の視聴でSFドラマを描くには、そういう高い技術が必要でした。

流行に右に倣えの作品も良いのですが、こういう「自分が観てきて良いと思ったもの、自分を育ててくれたものを次の世代に伝えたい」という姿勢の作品は最近少なかったので、応援したくなります。

| | コメント (0)

« 2013年3月 | トップページ | 2013年6月 »