猫と秋
空気が寒さを帯びてくると、去年の今頃ウメちゃんの看病をしていたのを思い出します。毎日薬を飲ませ、毎日点滴を打ち、毎日の体重の変化や便の具合に一喜一憂して、それでも一日一日確実に衰えていったことを。
今は、一日一日確実に育ってゆくモカがいます。
別れゆく命も巡りあう命も、奪った命も食らった命も、みんなみんな忘れない。みんながいたから、今の自分がいる。
空気が寒さを帯びてくると、去年の今頃ウメちゃんの看病をしていたのを思い出します。毎日薬を飲ませ、毎日点滴を打ち、毎日の体重の変化や便の具合に一喜一憂して、それでも一日一日確実に衰えていったことを。
今は、一日一日確実に育ってゆくモカがいます。
別れゆく命も巡りあう命も、奪った命も食らった命も、みんなみんな忘れない。みんながいたから、今の自分がいる。
離乳食とミルクをもりもり食べてます。一度にガッツかせるとお腹を壊すので、3.4時間おきに少しずつ上げています。体重は400gを超えました。目ヤニはほぼでなくなりました。これで鼻水が止まれば・・・。
こういう時、常に家にいる仕事なのがありがたいです。去年ウメちゃんの看病をしていたのを思い出します。
子猫の名前がモカに決まりました。獣医さんに「オシャレな名前だね」といわれました。
風邪を引いているので、抗生剤とビタミン剤を打ってもらいました。痛いのか鳴いて暴れるモカ。体重は350gでした。保護したとき軽かったので、生後2.3週かと思っていたのですが、獣医さんの見た感じでは5.6週経っているそうです。「本当なら体重倍は欲しい」とのこと。高カロリー食を頂きました。これで栄養つけて、抗生剤を飲ませて風邪を治したら、体重も増えることでしょう。今は抱いた感じが骨っぽいんですよね。
あのまま放置していたら、もっと衰弱してもっと風邪が悪化して、回復が出来なくなっていたかもしれません。保護してよかった。
今日12月11日、午前6時30分、ウメちゃんが永眠しました。
最期は、私の膝の上で家族に見守られながら息を引き取りました。6年前の10月のあの日、私の家に訪れなければ、間違いなくその冬で死んでいたであろう野良猫としては、この上ない大往生だったと思います。
ウメちゃんは、野良でしたが、最初から野良だったわけではなく、肉球は綺麗で、避妊手術の跡もあり、明らかに人に飼われていた猫でした。それが、ノミとダニに血を吸われすぎて、下半身の筋肉が削げ落ちるまで衰弱した状態で、ウチの玄関の前にいました。「ごはん下さい」と。
保護して、猫エイズと腫瘍(良性)の持ち主であることがわかりました。獣医の先生曰く「17歳は、いってる」脱走するような俊敏さの無い老猫。「捨てられたんだ」と私は理解しました。
飼い主を探すのはやめ、ウメちゃんはウチの子になりました。
長生きは出来そうに無いと覚悟をしていました。だから「桜とは言わない、せめて梅の花が咲くまで生きてくれ」と願いを込め、「ウメ」と名づけました。
それが6年も生きました。梅の花も5回も見ました。そして今日、春なら梅が咲いてもおかしくない暖かい日に旅立ちました。
最後になりましたが、生前、可愛がってくださった皆様、病気になってから励ましの言葉を下さった皆様、本当にありがとうございました。
ウメちゃんに腎臓の薬を飲ませ、抗生物質を飲ませ、点滴を打ち、体重を量る。
それらが日課になって、もう一月が経ちました。劇的な回復は望まない。もう現状維持だけが望みと言う中、体重が1g減るごとに、命が1g減ったような気がし、1g増えると、1g命が戻ったような気がする日々。
元々、拾ったときから後ろ足の筋肉が衰えていたのですが、最近はもう、ほぼ骨と皮と言った感じで、それでも、前足を踏ん張り、ご飯のある台所やトイレへ歩いて行く後姿を見ると、不覚にも涙が出そうになる。歯もほとんど無く、前かがみの姿勢が辛いのか、食器からポロポロこぼしながらご飯を食べるので、食事の気配がしたら台所へ行き、食器を食べやすい高さと角度に持ってあげて食べさせています。
それらの手間を面倒とか思う気持ちは既に無く、ただ、その手間と面倒があることだけが、この子が生きている証なのだ。今は、ただそう思います。
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